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広島高等裁判所 昭和41年(う)139号 判決

控訴人・被告人 三和商事株式会社 外二名

弁護人 広沢道彦

検察官 伊都博

主文

原判決を破棄する。

被告人全員を各罰金五、〇〇〇円に処する。

被告人三宅正行同兼子良雄において右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人全員に対する商品取引所法第九二条違反、被告人三宅正行同兼子良雄に対する業務上横領の点は無罪。

訴訟費用中、原審における証人米田和勝同甲斐原隆夫に支給した分は被告人全員の負担とする。

理由

弁護人広沢道彦の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

第一、商品取引所法第九一条第一項違反の点に対する法令適用の誤りないしは事実誤認の主張について

所論は要するに「原判示事実の取引委託がなされた当時、商品仲買人は営業所を新設するに当り、登録前試験的に同所で営業し得る慣習が存し、法はこれを容認していたものであるところ、被告人三和商事株式会社(以下被告会社という。)の宇部営業所設置についても、昭和三五年七月二五日登録変更届が農林大臣宛提出されていたものである。原判決が、商品取引所法第九一条第一項違反として有罪としたのは、同法条の解釈適用を誤つたか事実を誤認したものであり、破棄を免れない。」というのである。

原判決挙示の証拠により、原判示第二事実はこれを肯認することができる。

商品取引所法第九一条第一項前段は、同法所定の登録がしてある営業所又は事務所以外の場所で、商品市場における売買取引の委託を受けることを禁じている。将来登録を受けるつもりの場所であるからといつて、現にこれを受けていない限り、同所で売買取引の委託を受けることは許されない(官庁が営業所の登録申請書に添付書類として建物賃貸借契約書、営業所の所在についての書類、事務所の構造図面を要求するからといつて、それが試験的営業を許す趣旨であるとはいえないし、試験的な営業を認める慣習があつたといえないことは、原審裁判所の金山俊男に対する証人尋問調書によつて明らかなところである。法がこれを許すと考えていた旨の被告人らの供述は単なる弁解と思われる。弁護人の主張に、法の不知による犯意欠缺の主張が含まれているとしても採ることができない。)。原判決にはこの点に法令解釈適用の誤りもなく、事実の誤認もない。論旨は理由がない。

第二、商品取引所法第九二条違反の点に対する法令適用の誤りの主張について

所論は要するに「被告会社など商品仲買人が商品市場における売買取引を受託するに当り、委託者から担保として委託証拠金に充用する有価証券(以下充用証券という。)の預託を受け得るのは、商品取引所に定める受託契約準則、本件では関門商品取引所の受託契約準則第一九条に根拠をおくものであつて、商品取引所法そのものにはこの点についての規定は存しないのである。したがつて、同法第九二条にいう「物」の中には充用証券は含まれないというべく、原判示第一のような事実が存在したとしても、被告人らにつき同法条違反の罪は成立しない。原判決が右の点を有罪としたのは同法条の解釈適用を誤つたものである。)というのである。

商品取引所法第九二条は「商品仲買人は、委託者から預託を受けて、又はその者の計算において自己が占有する物をその者の書面による同意を得ないで、委託の趣旨に反して、担保に供し、貸し付け、その他処分してはならない。」と規定する。そこで右の「物」の中に充用証券が含まれるかどうかが問題となる。同法は第九章「商品市場における売買取引の受託」の末尾にある第九七条において、委託証拠金の点を規定するが、有価証券を以てこれに充用し得ることは何等規定しないところである。第九二条の「物」の中に充用証券を含ましめる趣旨であるなら、法文の上に充用証券の点も規定し(商品仲買人が取引所に預託する売買証拠金の充用証券については第七九条第二項の規定が存するところである)、且つ、第九二条がその規定を受けていると見られる如き体裁にすべきが相当であるのに、前記の如く第九二条の規定の後であり、第九章の末尾に僅かに委託証拠金についてのみ規定するに止どめていることや、そもそも、商品仲買人が売り委託のため預つた商品、買注文の結果委託者に引渡すべき商品などと、後記の如く権利質が設定せられたものとみられる充用証券とは、同じく商品仲買人が占有する物といつても預託の性質に大きな差異があることなどからいつて、第九二条の「物」の中には充用証券は含まれないと解するのが相当である(最高裁昭和四一年七月一三日大法廷判決参照)。

そうすると、かりに原判示第一事実が存在したとしても、被告人らの所為が商品取引所法第九二条に違反したとして、同法第一五五条第六号によつて罰せられることはないというべく、原判決はこの点で法令の解釈適用を誤つて被告人全員を有罪としたものであり、破棄を免れない。論旨は理由がある。

第三、業務上横領の点に対する法令適用の誤りないしは事実誤認の主張について

所論は要するに「委託者が商品仲買人に充用証券を預託する行為の民事法的性質は、白地式譲渡証が添付されているときは消費寄託と見る余地もあるのであり、被告会社が原判示第一事実の如く充用証券を処分しても横領罪を構成しない。そうでなくても権利質の設定と解されるのであるから、被告会社には転質をなす権利があり、本件はこれをなしたに止どまるので横領罪を構成しない。又、商品取引所と仲買人との間では、毎日後場締切後決済がなされ、仲買人は差金勘定、定率会費、取引税を支払わなければならず、これは現金で決済されるので、仲買人は顧客から預託された充用証券を関門商取代行株式会社(以下代行会社という。)に担保に入れて借金をなし、これによつて清算せざるを得ない事情にあり、かようにしているのが取引一般の実情であつて、委託者においても充用証券をかように利用することは承知しているところであり、委託の趣旨に反したといえない。なお、被告人兼子良雄(被告人三宅正行は行為に全く干与しない。)においては、右の如く転質権があると信じていたものであるから、すくなくとも、不法領得の意思がないというべきである。即ち、原判示第一の如き客観的事実が存しても、法律的にも事実的にも委託の趣旨に反した処分といえず、又、そうでなくとも被告人らには犯意がないのであるから横領罪を構成しない。)というのである。

本件においては、被告会社が充用証券を原判示代行会社に担保に差入れたとして被告人三宅正行、同兼子良雄らは横領罪に問われているのであるから、罪の成否を論ずるには、代行会社に差入れた行為の性質が何であるか、被告会社においては右差入れの権限を有したかが問題となるわけである。

先ず、原判決別表第一にかかげる委託者が、充用証券を商品仲買人たる被告会社に差入れた行為の民事法的性質から考える。前記の如く、商品取引所法には充用証券について何等規定するところがない。しかし、同法第九六条は第一項において、商品仲買人は商品市場における売買取引の受託については、その所属する取引所の定める受託契約準則によらなければならないとし、第二項において、取引所は受託契約準則において、売買取引の委託の条件などについて定めなければならないと規定するところであり、本件関門商品取引所においても受託契約準則が定められていることは、弁第八号その他の証拠によつて明らかなところである、右の次第であるから、関門商品取引所受託契約準則は、同取引所に所属する仲買人が売買取引を受託する際の附従契約約款というべきものであり、かりに委託者において受託契約準則の細目につき目を通さないことがあつたにしろ、これにしたがう意思がある限り、その内容が当事者双方を拘束するので、これによつて充用証券差入れの性質を看ることができる。そこで当事者が受託契約準則にしたがう意思を有していたかどうかを考えるに(附従契約約款につき民事上いわれている了知推定論は、刑事上そのまま採用することはできない。)、受託契約準則を裏面に記載し、これにしたがつて取引をなす旨を記載した契約書用紙が証拠(弁第八号)として提出されているけれども、被告人兼子良雄(被告会社常務取締役であり、営業全般を担当していた。)は当審公判廷において、本件取引当時は、受託に当りこれを使用していなかつたということであるから、委託者が右弁第八号により受託契約準則にしたがう意思を明らかにしていたとはいえない。しかしながら、被告人兼子良雄の右供述、原審裁判所の岩村文夫(被告会社事務員として充用証券に関する実務を担当していた。)に対する証人尋問(第一回)調書によると「充用証券を受入れるに際しては、何時も預り証を出していた。その預り証は証第一号の『証』と題する書面と同じ形式であつた(弁護人が当審において提出した「証」と題する書面も同じもの)。」ということであり、原判決別表第一記載の委託者で、警察官に対する供述調書や原審裁判所の証人尋問調書の存する後記の人々のうち、ある者は預り証を貰つたと述べ、他の者は預り証のことに触れていないが、委託者が充用証券を手渡してその預り証もとらないとは考えられぬので、右別表記載の委託者全員に対し被告会社から預り証の交付があつたと認定してよい。そして右「証」という書面用紙裏面には、受託契約準則抜萃として一〇項目の記載があり、それは弁第八号記載の受託契約準則に照してみると、その第一条、第四条第三項、第六条、第九条本文、第一〇条、第一四条第一項、第一四条第二項、第一七条第三項、第二三条など(他の一項目は第二〇条類似の規定)に相当する。右の如く受託契約準則のすべてが記載されていないけれども、表面には「商品取引所法受託契約準則により清算済の上は無効と致します。)との記載があつて、受託契約準則にしたがう趣旨も現れているし、前記の如く受託契約準則は商品取引所法に根拠をおくものでもあるから、預り証にその全文の記載はないけれども、当事者はその全体にしたがう意思であつたとみるのが相当である。よつて、右受託契約準則により本件充用証券差入行為の法的性質を検討することが許される。

充用証券差入行為の民事法的性質については、消費寄託説、譲渡担保説、権利質説が考えられる。

受託契約準則第一九条第一項前段(弁第八号の契約書用紙裏面記載の受託契約準則による。)に「委託者の預託する委託証拠金は市場性のある有価証券を以て充用することができる。」との規定があつて、充用証券の根拠規定となつている。そして第三項に「前条(前項のミスプリントかと考えられる。)の有価証券は委託者がその債務を履行しないときに、これを現金に換えることができる手続きを完了したものでなければならない。」との規定がある。又第一四条は第一項において「委託証拠金その他の金銭及び物件は、その預託の前後にかかわらず、すべて委託によつて生ずる委託者の債務に対し共通の担保となる。」とするとともに、第二項において「商品仲買人は前項の預託金銭又は物件を委託者から債務の弁済を受けるときまで留保し、若し預託者が債務を弁済しないときはその金銭及び物件を以つてその弁済に充当し、なお不足するときは、委託者からその不足額を追徴する。」と規定する。第一四条の「物件」は委託証拠金を前提としているので、充用証券を含むと考えられるところ、無条件な処分を許していないのであるから、消費寄託説は採用できない。預託する充用証券はこれを現金に換えることができる手続きの完了していることを要求している点から、譲渡担保であると考える余地はあるが、名義書換までは要求していないところであるし、担保物の占有を設定者に留めるという譲渡担保が通常採る形態とは異なるし、譲渡担保であると考える場合、委託者の権利を必要以上に害する虞がないでもないし、原審の証人金山俊男、当審の証人木村庄次郎、被告人両名及び被告会社代表者ら業界関係者の証言や供述中には、右差入れは質権の設定であると考えていたふしがみられる点からいつても、充用証券差入れは権利質の設定と解するのが相当である。そうして、継続的委託取引から生ずる債務をすべて担保するのであるから、根質権の設定ということができる。(なお、有価証券の信用取引における保証金代用証券の預託については、それが根質権の設定である旨の最高裁昭和四一年九月六日第三小法廷決定がある。)

商品仲買人の充用証券の受入れが権利質の設定であるとすると、転質権の存否が問題となる。当事者が特約でこれを禁じておればもとより転質権は存しないし、委託者が特にこれを承諾しておればいわゆる承諾転質権が発生し、又この点につき当事者に格別の合意がなければ民法第三四八条により一定の制限内で転質権が発生する。

この点についても、先ず受託契約準則を検討することが必要である。受託契約準則第一一条は「商品仲買人は委託者から預託を受け、又はその者の計算において自己が占有する物件を、書面による委託者の同意を得ないで、委託の趣旨に反して、担保に供し、貸付け、その他処分してはならない。」と規定する。もし右の「物件」の中に充用証券が含まれるとすると、仲買人が勝手に転質することは許されないこととなる。しかし、右第一一条は商品取引所法第九二条と同文である(「物」が「物件」となつているだけである。)ことからいつて、商品取引所法第九二条を再言したものだといわざるを得ず、そうすると、商品取引所法第九二条の「物」には充用証券が含まれないこと前記説示のとおりであるから、受託契約準則第一一条の「物件」の中にも充用証券は含まれないというべきである。右第一一条が委託証拠金や充用証券についての条文の前に置かれているという規定の体裁からいつても、右の如く解するのが相当である。次に受託契約準則第一四条第二項は前記の如く、商品仲買人は預託された物件などを債務の弁済を受けるときまで留保し、弁済がないときはこれらを以て弁済に充当し、なお不足するときは、委託者からその不足額を追徴する、と規定する。右「物件」の中には充用証券を含むこと前記のとおりであるが、「債務の弁済を受けるときまで留保し」とは転質などしない趣旨ではないかとの疑いもないではない。しかし民法第三四八条は転質権を認め、転質のできるのが原則なのであるから、この原則を排除する意図であるなら、その趣旨を一層明確にすべきであつたというべきであり、右は債務の弁済を受けるまでは売却処分などはしない趣旨であると解するのが相当である。即ち、転質禁止の趣旨は受託契約準則に現われていない。他方、委託者が転質を承諾するものとみられる規定も存しない。

次に、委託の際、口頭などにより右の点につき何等かの特約がなされたか否かを検討する。前記預り証には転質の点について何等触れるところがない。被告会社代表者三宅正夫は検察官に対する供述調書において「充用証券を転質することにつき、係員は委託者から書面をとつていないが、口頭による同意はとつていたと思う。」と供述し、営業を担当としていた被告人兼子良雄は原審及び当審公判廷において「本件各取引に当つては、充用証券の転質につき同意の書面はとつていないが、委託者に種々説明し、口頭による同意はとつている。代行会社への転質は同意なくしてできると考えていたが、念のため同意はとつていた。」と供述する。他方、充用証券に関する実務を担当する岩村文夫は警察官に対する供述調書、原審裁判所の証人尋問調書においても「原判決別表第一に記載された人々については右の点の同意書をとつていないが、他には一部同意書をとつたものもある。」というのみで、事実上同意をとつたといわないところである。又、本件記録中の水口道子、野田要、藤野源太郎、村林敏、田頭修治、森スミ(原判決別表第一47森昭八郎の関係)、藤田致夫、田代良伸、安部キヨ子、迹田重雄、工藤治吉、秋吉誠、大島清、右田昭蔵、兼国九市郎、(同表34兼国九一郎とあるは誤記)上野勝子、竪原実、陶山武志、山崎宗雄、田中市次郎、尾崎文雄、小松保明、田坂光雄、安井信治、岸上正二、白藤ちとせ(同表29白藤政信の関係)、菊池武治(同表12菊地武治とあるは誤記)、山下富士徳(同表13山下富士雄とあるは誤記)、栂尾逸夫の警察官に対する供述調書、原審裁判所の田中逸男、村林敏、田頭修治、森スミ、藤田致夫、田代良伸、上野秀治、河口源治、安部キヨ子、迹田重雄、工藤治吉、秋吉誠、大島清、右田昭蔵、兼国九市郎、上野勝子、竪原実、陶山武志、山崎宗雄、田中市次郎、尾崎文雄、小松保明、田坂光雄、安井信治、岸上正二、白藤ちとせ、栂尾逸夫、木許晴こと三箭晴(同表7、8木許ハルは誤記)菊池武治、山下富士徳に対する証人尋問調書をみるに、原判決別表第一に記載されているこれらの人々は「転質についての同意書を作成していないし、他の担保に供することを承諾していない。」「被告会社が転質しているなら騙されたことになる。」といい、又、「同意書を作成しないのみならず、この点相談をうけたこともない。」と供述するところである。なるほど、弁護人に尋問され「決済の時に充用証券を返して貰えばそれでよい。」と答える部分もあるが、委託の際口頭で転質に同意した趣旨とは受けとれない。実務担当係員や委託者のかような供述にかんがみると(被告人兼子良雄も一方では原審公判廷で「委託者が充用証券を差入れ、委すというのは、他の担保に供することの同意と考えていた。」と供述するところでもある。)、被告人兼子良雄及び被告会社代表者三宅正夫の「話合つた上で転質の同意を得た。」との言は措信できず、むしろ、この点については当事者間に何等具体的な話合いはなかつたものと認め得る。換言すれば、民法上の責任転質を超えて転質をなし得る承諾転質の話合いもないし、一方では転質禁止の特約もなかつたということができる。

民法第三四八条は質権者に転質を許すところである。しかし、それは質権者が把握した担保価値の利用であるから、その存続期間においても、被担保債権額においても、原質権のそれを超過することができない。これを超過した転質権を設定し、原質権設定者に不利な結果を及ぼす場合(民事法上超過部分は無効であつても、かような結果を生じ得る。)には横領罪を構成し得る(大正一四年七月一四日大審院聯合部判決参照)。形式的には原質権の範囲内の転質であつても、転質に名をかりて質物を処分したときも横領罪を構成する。転質に供するのでなく、質物であることを秘して新たな質権を設定したとき横領罪を構成することはいうまでもない。

よつて進んで、被告会社が原判決別表第一記載の委託者から預つた同表記載の充用証券をどのように処分したかについて検討する。

被告会社が右別表記載の充用証券を預つたこと、そのすべてを原判示代行会社に原判示の如く差入れたことは原判決挙示の証拠により明らかなところである。

被告人三宅正行、同兼子良雄、被告会社代表者三宅正夫の各警察官、検察官に対する供述調書、原審公判廷における供述、岩村文雄の警察官に対する供述調書、原審裁判所の同人に対する証人尋問調書、前記原判決別表第一記載の人々の供述調書、同人らに対する原審裁判所の証人尋問調書に、当審公判廷における木村庄次郎の証言、被告人兼子良雄の供述を参酌すると、次の事実が認められる。

原判示代行会社は専ら関門商品取引所上場商品の早受早渡の代行と右取引所々属の商品仲買人に対する金員の貸付などを義務とする会社である。被告会社は預託を受けた充用証券の数人分を併せ、時には被告会社所有の有価証券をこれに加え、一括して共同担保に供し、支払期限を一個月後利息は日歩二銭七厘位として代行会社から金員を借り受けていた。被告会社所有の有価証券については質権が設定される関係にあるところ、充用証券については、それが質権の設定であるか、転質権の設定であるか、当事者は格別意識しなかつたようであるが(当審公判廷において代行会社取締役木村庄次郎は「代行会社の貸付対象者はあくまで仲買人なのだから、担保物件の名義人が誰であるか、誰から差入れたものであるかということまで調べる必要はない。仲買人所有以外のものは充用証券と考えられる。」と証言する。)次のとおり充用証券の随時差替を許している点などから、転質権設定の趣旨と考えられる。代行会社は右有価証券の市場価格の約七割の金員を貸付けていた。支払期限は右の如く一個月後であるが、時には切替と称して更に期限を一個月ずつ延長することもあつた。その間に顧客との間に取引決済がなされ、差入れた充用証券をこれに返戻しなければならない事態が生じると、被告会社は代行会社と話合の上、これを他の顧客から預託を受けた別の充用証券を以て差替え、右返戻に及んだ。昭和三四年一〇月頃から昭和三六年三月頃にかけ、原判決別表第一に記載する委託者を含め五四名から預つた充用証券七〇口を代行会社に差入れたが、昭和三六年四月本件の捜査が始まつた頃には、原判決別表第一の番号欄1の須田純郎三菱化成株式五〇〇株、10の田中逸男新三菱重工株式一〇〇〇株、15の工藤治吉日魯漁業株式一〇〇〇株、21の右田昭蔵三井鉱山株式一〇〇〇株、22の水口道子森永乳業株式五〇〇株、23の野田要野村投信二〇〇口、26の田頭修治東北パルプ株式一〇〇〇株、27の田坂光雄日産自動車株式一〇〇〇株、28の同人本田技研株式五〇〇株、30の上野勝子大正海上火災株式一〇〇〇株、36の野田要野村投信一〇〇口、37の田代良伸積水化学株式五〇〇株、39の岸上正二三菱製鋼株式一〇〇〇株、40の山崎宗雄日立製作株式五〇〇株、43の上野秀治日立製作株式一五〇〇株、45の田原宗義東京海上火災株式一〇〇〇株、48の尾崎文雄松下電器株式五〇〇株のみがなお代行会社に差入れられており、他のもののうち殆どが本人に返戻され、残余は被告会社が保管していた。本人に返戻されたのは取引の決済があつたためである。昭和三六年四月頃充用証券が被告会社に保管されたり、代行会社に差入れられている場右は、すべて当時取引が継続中か決済手続未了のものであり、要するに原質権がなお存続中であつたものである。現在においてはこれらもすべて決済され、充用証券は委託者に返戻されている(昭和三六年四月頃、担保がなお代行会社に差入れられていたもののうち、須田純郎と田原宗義については供述調書が存しないところであるが、当時取引継続中でありその後清算されたとする被告人らの供述は措信できる。)。被告会社は代行会社からの借受金のうち七、八割は日々の差金勘定決済、定率会費、取引税の支払に充てたものであり、残余は他の営業資金に費消したものである。なお、本件委託取引当時、被告会社が格別経営不振に陥つていたという事情はない。

右の次第で、本件は質物であることを秘して充用証券に質権を認定した場合でもなく、転質に名をかりて質物を処分した場合でもない。

さて、委託者と被告会社との間では、継続的取引契約が解除され清算される時まで、充用証券についての根質権は存続するところ、被告会社は代行会社から一個月期限で借受ける借金の転質に供したものであり、期限を延長した場合も、委託者との間で決済がなされ、充用証券を返戻する必要が生じた時は、他の証券と差替えをすることによつてこれをなしていたのであるから、昭和三六年四月本件捜査が開始された当時既に返戻されていた分はもとより、当時なお代行会社に差入れられていた分も、すべて原質権存続期間内における転質だということができる。もつとも、委託者との間は根質権の設定であるから、一方では原質権の被担保債権が未だ現実化していない段階で既に転質権を設定していたり、当時存した原質権の被担保債権を超えるそれで転質権を設定した関係になつた場合もあつたと考えられるけれども、代行会社は関門商品取引所々属の商品仲買人に融資をするこなどを主目的とする会社で、商品仲買人とは特殊の関係にあり、商品仲買人の取引の実情も十分知つており、右転質権の関係においても一応委託者に対し実害を生じないような仕組みにしていたものであるから、被告会社の本件転質は、右の点に民事法的には些少の権限超越があつたとしても、横領罪を構成する如き違法性はないというべきである。かりにしからずとするも、被告人らは代行会社への転質は許されると信じていたと供述するところ、右の如く細かな法律判断の上はじめて権限超越といえるのであるから、被告人らにおいて右の如く信じていたというのは単なる弁解ではないと考えられ、よつて被告人らは民事法規の誤解から罪となるべき事実を認識しなかつたものであり、横領の犯意があつたものといえない。

そうすると、かりに原判示第一事実が存在したとしても、被告人三宅正行同兼子良雄の所為が業務上横領に該ることはないというべく、原判決は事実を誤認するか法令の解釈適用を誤つて、被告人三宅正行同兼子良雄を有罪としたものであり、この点からも破棄を免れない。論旨は理由がある。

以上の次第であるから、刑事訴訟法第三九七条第三八〇条第三八二条に則り原判決を破棄するところ、同法第四〇〇条但書により直ちに判決をする。

被告人全員に対する商品取引所法第九二条違反、被告人三宅正行同兼子良雄に対する様務上横領の点は、前記説示の次第で、罪とならないか犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をする。

原判決が認定した原判示第二の事実に法律を適するに、右はいずれも商品取引所法第一六一条第一号第九一条第一項第一六三条、罰金等臨時措置法第二条に該当する(被告人三宅正行同兼子良雄については別に刑法第六〇条、)ので被告人全員を各罰金五〇〇〇円に処し、被告人三宅正行同兼子良雄に対する換刑処分について刑法第一八条を、被告人全員に対する訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋英明 裁判官 福地寿三 裁判官 竹村寿)

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